生と死の狭間から抜け出したロクスは 重い体を引きずるようにして
一歩 また一歩と その足を進めてゆく。
途中 何度も血で咽返り 倒れそうになるのを必死で耐え
ただ精神力のみで 前へと進んだ。
しかし とっくに限界を超えている体では 到底思うように動けず
意識はしっかり前を見据えていても 視界はどんどんぼやけるばかりだ。
そして ついには 踏み出す足がガクリと膝から崩れ落ちた。
ロ 「くっ・・・。 このままでは・・・・」
先に進むには 怪我の手当て そして体力の回復が必要だった。
しかし 今のロクスには それを行う手段は何もない。
なす術がなくとも ここで立ち止まるわけにはいかないと
ロクスは剣を支えにして 再び立ち上がる。
すると 定まらない視界の中に人の影が映った。
? 「おや。 こんな所に人がいるなんて」
ロ 「・・・だ、誰だ!?」
? 「誰だと言われてもね。 ただの通りすがりとでも言っておこうかな。
キミのほうこそ ここで何をしているんだい?」
ロ 「俺は・・・・」
? 「というか 肋骨が3本に左腕が折れてるうえ
他にも身体中の数箇所の骨にひびが入ってるようだけど
そんな体でよく立っていられるよね。 ちょっと尊敬しちゃうよ。
何をしたらそんなにボロボロになるのか知らないけど
ま、首の骨を折らなかったのは ラッキーだったね」
ロクスの怪我を瞬時に把握し それが重傷だとわかっても
心配する様子もなく 淡々と話を続ける。
当然 善意は感じなかったが 悪意も感じないその人物にロクスは警戒を緩めた。
ロ 「すまないが・・ 水を・・・ わけてもらえない・・か・・・」
? 「うーん。 ボクは小さい頃から 知らない人にものを
あげちゃいけないって言われてるしなー」
やっとの思いで 言葉にしたロクスをまたも淡々と切り返す。
てか 普通は逆。
? 「でも ここで会ったのも何かの縁だし。 優しさを発動してあげることにするよ」
そう言うと 水筒の役目を果たしていると思われる竹筒をロクスに差し出した。
それを受け取ったロクスは 喉に水を流し込む。
その潤いに 感覚が機能を取り戻し 激しい痛みがロクスを襲った。
ロ 「・・・ッ!!」
? 「あーあ。 何だか逆効果だったみたいだね。 大丈夫かい?」
ロ 「あぁ・・・。 痛みを感じるほうが生きてると実感・・ 出来るからな・・・・。 感謝する」
? 「へぇ。 それならいいけど」
胸を押さえ息苦しそうにするロクスは とても大丈夫とは思えなかったが
本人がそう言うのだから その言葉のままに納得しておいた。
ロ 「頼みついでで悪いが 忍者の里への道を知っていたら 教えてもらえると有難い・・・」
? 「忍者の里だって!?」
少し声を荒げたその人物は 初めて表情を変えたように見えた。
ロ 「知っているんだな」
? 「まぁね。 でも どうして忍者の里へ? 今行くのはボク的にお奨め出来ないけど」
どうやらこの人物は 道だけでなく 忍者の里自体もよく知っているようだ。
何故なのか・・・? 答えは簡単だった。
よく見れば一風変わったそのいでたち。 腰に下げた武器は
武器防具を学んだ書物に載っていた くないという専用の武器。
ロ 「お前 忍者なんだな?」
? 「否定はしなけど」
ロ 「ならば尚更案内を頼みたい」
? 「何を言っちゃってるんだろうね この人は。
忍者のボクが行かないほうがいいって 親切で教えてあげてるのに」
ロ 「あぁ そうですかって聞いていられない状況でな。
とにかく俺は 一刻も早く忍者の里に行かなければならない。
仲間も 同じように向かったはずだからな」
? 「キミの状況なんか知ったことじゃないけど まずその怪我じゃ無理だね。
ここから忍者の里までは 少なくとも5kmはある。
その体で 無事に辿り着けるとは到底思えない。
かりに 向かったとしても途中で倒れて ジ・エンドがいいところさ」
ロ 「俺は・・・ 何があろうと絶対に死なない」
? 「何を根拠にそんな自信が?」
ロ 「自信とは違う。 守るべき者に死なないと誓った故にだ」
? 「ふ〜ん。 それまた大層な約束をしたもんだね。
・・・なるほど。 さっき言ってた仲間の中に その人がいるってことか」
ロ 「あぁ そうだ。 それに 仲間に会えばこんな傷すぐに治してもらえる」
ふと あの後 サラシャの肩は大丈夫だったろうかと心配が頭をかすめた。
しかし 今はこの忍者に案内を承諾してもらうのが先だ。
ロクスはもう一度 忍者に頼み入った。
ロ 「どうしても行かなくてはならないんだ。 案内が無理なら道だけでも教えてくれ」
? 「やれやれ。 そこまで言うんなら仕方ないな」
ロ 「頼めるのか? 恩に着る」
? 「でも 怪我人を連れて歩くのはボクの趣味じゃないんだ。 いちいち庇うのも面倒だしさ」
YesなのかNoなのか いまいちどこか掴み所がないこの忍者。
しかし 今頼れるのはこの忍者しかいない。
普段は 滅多に人を頼ることをしないロクスだが この時ばかりは話は別だ。
ロ 「何かあったら 置いていってくれても構わない。 その時は 自分で何とかする」
? 「さっきキミは 死なないって言ったよね? じゃあ これを試してみるかい?」
目の前に小瓶を差し出され ロクスはその小瓶越しに忍者の様子を伺う。
相変わらずの漂々とした表情だったが その目には何か挑戦的なものを感じた。
ロ 「これは?」
? 「ボク達忍者が必ず持たされる秘薬。 死ぬための薬さ」
ロ 「死ぬ・・ため・・・? 猛毒が入っているのか?」
? 「ちっちっちっ。 あーあ これだからトーシロは困るよ」
ロ 「素人だと!? 俺はれっきとした・・・」
? 「猛毒なら死ぬための薬じゃなくて 殺すための薬って言うさ。
まぁ 話を最後まで聞きなよ」
素人と言われ つい自分の身分を誇示しようとしたロクスだったが
そんなのはお構いなしに続ける忍者の話に そう言われてみればそうだと納得出来た。
では 死ぬための薬とはどんな効果をもたらすというのか?
ロクスは 黙ったままその話に耳を傾けた。
? 「忍者は一般的に影で生きる存在。 忍務はもちろん隠密なものが多いし
依頼があれば暗殺だってする。 その忍務中 何かへまをやらかして敵に
捕らわれるとするだろ。そしたら こっちの情報も漏らさないため
そして敵に殺される前に 自分で命を絶つ。それは忍者の誇りでもある。
そこで やっとこの薬の出番さ。 これを飲めば 感覚神経が全て麻痺する。
つまり 痛みを感じない。 くないで心臓をグッサリやっちゃっても
苦痛を伴うことなく死ねるっていうわけさ。
楽に死ねるのは 最後の最後まで忍者の誇りを貫く褒美ってところかな。
長々とご拝聴頂きまして ありがとうございました」
これで秘薬の効果はわかった。
しかし ロクスは今ひとつ腑に落ちない。
ロ 「俺がそれを飲めば この怪我の痛みから解放されるというわけか。
だが さっきも言ったように俺は死なない。
ならば 飲んでも利点を得るだけのように思えるが」
? 「違うね。 痛みは感じなくなっても 大怪我を負ってることには変わりない。
薬の効力で普段通りに動けても 体自体は無茶をしていることになる。
薬の効果が切れたら その反動でキミは確実に死ぬよ」
ロ 「なるほどな・・・」
? 「キミが助かる方法はただ一つ。効果が切れる前に仲間に会うことだね。
仲間の中に 怪我を治せる奴がいるんだろう?」
ロ 「あぁ」
? 「最初に 忍者の里に行くのはお奨めできないって言ったけど
今 里ではちょっとしたいざこざが起こってるから
里に着いたところで簡単には会えないかもよ?
薬の効果は3時間だけど大丈夫かい? それでも飲むって言うんならボクは止めないけど」
ロ 「飲む以外に選択肢があるとでも? 笑わせるな。 十分な時間だ」
? 「かっこいいセリフを吐いてくれるじゃないか。 わりと気に入ったよ。
じゃ 用法用量をお守りしてお飲み下さい。 さ、ぐぐっと一気に」
ロ 「その前に 名前を聞いておこうか」
? 「・・・ボクはイクノ。 こう見えて そこそこ出来る忍者だ。キミは?」
ロ 「俺の名はロクス。 ラブチュ王国の護衛隊長だ」
護衛隊長ということを少し強調しつつ ロクスは秘薬を飲み込んだ。
タイムリミットは 3時間・・・・・・。
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