大半の魔物を倒したところで 残った魔物は退散しはじめた。
非常事態ともいえるこの場を なんとかしのぎ
サラシャは ほっと胸をなでおろし ロクスも剣を収め
そのままゆっくり吊り橋を渡りきろうとした。
だが あと一歩というところで 足場が激しく揺れ 一気に吊り橋が崩れだした。
倒した魔物が死に際に吊り橋の縄を切ったのだ。
足場を失った二人は 当然そのまま谷底へと・・・・
しかし 瞬時にリュールがサラシャに手を伸ばす。
リ 「サラシャ 掴まれッ!」
サラシャは しっかりとその手を掴み もう片方の手を後ろのロクスへ差し出した。
サ 「ロクス手を・・・ ッ!? 」
ロクスは一瞬手を伸ばしたが なぜかその手を引き込めた。
サ 「ロクス――!!」
タトゥミとヒヨも身を乗りだして手を伸ばすが 到底届きもせず
ロクスはフッと笑みを浮かべ サラシャの声がこだまする中
そのまま谷底へ吸い込まれるように落ちていった。
サラシャを引き上げ まだ何が起こったのか信じられない様子で
周りはシンと静まり返る。
タ 「あと一歩・・・。あと一歩のところで届かなかった。 アタクシ達 ロクスを助けられなかった」
リ 「・・・・いや。 サラシャの手は届いていたはずだ」
一瞬だった出来事が 鮮明にリュールの脳裏に蘇る。
ロクスは 明らかにわざと手を取らなかった。
しかも 笑みさえ浮かべて。
それが何故なのか リュールには全く理解できなかった。
サ 「私の伸ばした手が 怪我をしてたほうの手だったから・・・」
サラシャが押し殺した声で 苦しそうに言うと
隣でヒヨが無言で頷いた。
リ 「まさか・・・。 おいおい じゃあ何か? サラシャを気遣って
落ちたというのか!? たかが肩の怪我を庇う為に己を犠牲にしたのか?」
まだ肩が痛むのか それとも原因となった肩が悔しいのか
サラシャは黙ったままぎゅっと肩を押さえていた。
そのサラシャの代わりに ヒヨが変わって口を開く。
ヒ 「そうだよ。 それにたかが なんかじゃない。
いかなる時も自分が姫の負担になることはあってはならない。
サラシャの手を取るか 自分が落ちるか・・・
あれは護衛隊長として当然の選択だったんだ」
リ 「馬ッ鹿じゃねーか! いくら正しかったとしても
こっから落ちりゃ いくらあいつでも死・・・」
タ 「リュールッ!!」
『死』という言葉に硬直したサラシャを見て タトゥミがリュールを制する。
無事であって欲しいと願う反面 誰しもが想像せずにはいられない最悪の事態が
その言葉でよりいっそう色濃くなる。
リ 「くそったれ・・・!」
そうは思いたくもないはずなのに ふいに出てしまった自分の言葉に
リュールは苛立ち 地面を力のままに蹴りつけた。
タ 「とにかく冷静になりましょう。 ヒヨ テントの用意をお願い。
サラシャの包帯も替えたいし 今日はここで休むことにしましょう」
ヒ 「そうだね。 一晩休んで落ち着いてから動いたほうがいい」
ヒヨがほよぽよカプセルでテントを建てると
タトゥミはうな垂れるサラシャを支えて テントへ入っていった。
タ 「傷口が開いてしまったようね」
血が染み出ている肩の包帯を タトゥミはゆっくり解くと
痛々しい傷が顔を出し その周りにはかすかだが 黒い斑点が広がっていた。
内出血によるものに見えなくもないが
何故だかタトゥミは 妙な胸騒ぎをおぼえた。
サ 「ありがとう タトゥミ。 傷口は自分で治すから・・・」
そう言って肩に手をかざし 治癒を始めたサラシャだったが
その効果はあまり見られなかった。
サ 「なんか・・・ 上手くいかないや」
苦笑を漏らすサラシャを見て 無理もないとタトゥミは思う。
治癒能力は ある種魔法と同じで 強い精神力と集中力が必要。
一つ異なるのは 生まれつきのものではなく 自らの力で身につけるということ。
この年で治癒能力を身につけてること自体 驚愕するのに
いくらサラシャが 芯がしっかりしているとは言え
今の精神状態で 治癒能力を扱えるものなら 逆に神経を疑ってしまう。
タ 「無理することないわ。 消毒して包帯をきつく巻いておけば
それなりに痛みも和らぐだろうし。 落ち着いてから 治せばいいのよ」
サ 「うん・・・」
タ 「夕飯の支度が出来るまで ここで休んでいなさいね?」
サ 「・・・・・そうさせてもらう。ありがとう」
そしてサラシャはそのまま深い眠りについた。
その後 少ししてから タトゥミが夕飯に呼びにきたが
ぐっすり眠るサラシャを見て そのまま起こさずにそっとしておいた。
タトゥミとヒヨとリュール。
フジールが去り ロクスもいなくなった。
落ち着きを取り戻した三人は 夕飯を取りながら今後について話し合う。
リ 「当面の問題は・・・・・ 誰がサラシャのぉ世話係りをするかってことだな」
タ 「リュール。 それ本気で言ってる?」
タトゥミが冷ややかな笑みで 指先に火を灯す。
リ 「ちょ、ちょっとした冗談だ。 いちいち魔法で俺を脅すな」
ヒ 「当面の問題といっても いろいろありすぎるね。
このまま忍者の里に向かうか それともしばらくここでロクスを待ってみるか。
生きていたら いや生きてると信じてるけど ここに戻ってくる
可能性もないとはいえないしね」
リ 「そうだな。 それから 戦闘面ではあいつを欠いたことによって
戦力ダウンしたことは確かだ。ま、その分は俺が受け持ってやるけどよ」
タ 「でも 一番気にかかるのは やっぱりサラシャのことね。
フジールが去った傷が癒えない間に ロクスまで・・・。
相当なダメージを受けてるはずよ」
夜が更けるまでいろいろと話し合ってみたものの
はっきりとした道は見えず 最終的に精神状態が落ち着くまでどれほどかかるか
わからないが サラシャの意見を尊重しようという形でまとまった。
次の日の朝―――
テントのわずかな隙間から差し込む光に タトゥミは目を覚ます。
すぐにサラシャの様子を確認しようと隣を見ると
布団はもぬけの空になっていた。
そっと布団に手を添えると ぬくもりは消えすでに冷たくなっている。
いなくなってから かなり時間が経っている。
まさか 一人で傷心旅行に!?(ぉぃ)
慌てて外に出るタトゥミ。 何か踏んづけた気がしたがそんなこと気にしてられない。
リ 「ぐはっ!! 誰だ! 腹踏んだ奴はっ!!」
どうやらテントを飛び出す際に リュールのお腹を踏んづけてしまったようだ。
タトゥミに続き 勢いよくリュールがテントから飛び出してきた。
タ 「うるさいわね!」
リ 「人の腹 踏んどいてうるさいとは何だ!」
タ 「剣士だったら もっと腹筋を鍛えておきなさい」
リ 「あー!? そんなことタトゥミに言われる筋合いはねぇー!」
二人の騒がしい声で目を覚ましたヒヨと もっさーと一緒にテントから顔を出す。
ヒ 「二人とも一体朝からどうしたんだ?」
リ 「どうしたもこうしたもねぇ! タトゥミが俺の腹をだな」
タ 「そんなことより 大変なのよ! サラシャがいないの」
リ 「何ッ!? まさか 家出か!?」
いや 家出って! どっちかというとテント出!?
ヒ 「サラシャに限って そんなこと・・・・」
予想していなかった突然の事態に焦りを隠せない3人。
事情も何もわかるはずもなく 頭の中はもうグルグルまいまいだ。
サ 「おはよう みんな」
後ろから聞こえた声に一斉に振り向くと そこには枯れ木を抱えたサラシャがいた。
タ 「サ、サラシャ!」
サ 「どうしたの? そんなに血相を変えて」
リ 「どうしたもこうしたもねぇだろうが! 一体どこに行ってたんだ!?」
サ 「どこって 焚き木が足りなかったから拾いにいっていたんだけど」
タ 「そうだったの・・・。 起きたらサラシャがいなくてビックリしたのよ?」
サ 「心配させちゃった? ごめんね。」
タ 「え、えぇ。 こっちこそ変に心配してごめんなさいね。
冷静に考えれば サラシャが勝手にいなくなるなんてことあるはずないのに」
サ 「うん、当然よ。 私がみんなから離れるはずないよ。
それよりも 朝ごはんの用意しておいたから食べてね。
それがすんだら 早速忍者の里に向かいましょう。
人数が減って いろいろ大変な部分もあると思うけど
今はまず自分が出来ることをしなくちゃね。
じゃあ私はテントの片付けをしてくるから」
そう言い毅然ともいえる態度で サラシャはテントの中へ入った。
サラシャが朝ごはんの用意をしたことにも驚いたが
昨日の今日で 普段と何ら変わらない様子に別の意味で驚くタトゥミ達。
もっと言えば いつも以上の落ち着きをサラシャから感じ
言い方が悪いかもしれないが 拍子抜けをした。
リ 「意外だな・・・」
タ 「昨日の様子からして もっと落ち込んでいるものと思っていたけど」
リ 「逆に いつもよりしっかりしてるじゃねぇか。 泣きもせずたいしたもんだ」
ヒ 「・・・泣かないんじゃなくて 泣けないんだよ」
今まで黙っていたヒヨが 呟くように言う。
リ 「どういう意味だ?」
ヒ 「サラシャは正真正銘のお姫様だってことさ。
思いのままに泣くことだって出来る。
だけど それはただ皆に心配をかけるだけでしかない。
それはお姫様のサラシャには タブーなことなんだ。
どんなに極限まで追い込まれても 自分が不安を外に出しちゃいけない。
今 毅然と振舞っているのも お姫様教育で染み付いたものだと思うよ」
同じ王族であるヒヨだからこそわかるサラシャの真意。
タ 「・・・・・でも それじゃ無理をしていることになるんじゃなくて?」
ヒ 「うん。 そうだね・・・。」
そう言い ヒヨは何か考えがあるように立ち上がる。
そして サラシャのいるテントへゆっくりと向かった。
|
|